ガネコンプレックス1









悔しかった

悲しかった

情けなかった





一瞬の間、私の中を巡っていった感情

無謀とは言え、好きになってしまった彼の言葉を

私はこの後一年以上も引きずり続けることになる









氷帝学園に入学した、一年目

黒フレーム眼鏡の奥から

サンサンと光を降り注ぐ太陽を睨みつけた




私は全てに置いて普通だった

友達の数、成績、運動、容姿も…普通というか、地味

あまり自ら話しかけることもなく、ひとりで過ごすせいで余計に地味に見えていると思うけど




ただそれは、無意味に女友達とバカ騒ぎするのが苦手で

一人でぼんやりしている方が好きなだけで

こんな風に冷めているのがいけなかったのだろうか




とにかくそんな私の通うクラスには、ある目立つ人がいた




忍足侑士

容姿端麗、頭もよくて、テニスがとても巧いらしい

とにかく女の子から人気があるのは分かった




最初はふぅん、程度で済ませていた

きゃあきゃあと騒ぐ女の子達を

若干冷めた目で見ていたのも事実




そう、だった筈なのに

いつも間にかその女の子と同じ様に

私は彼に恋をしていた





たまたま隣の席で、気さくに話しかけれくれたのがキッカケだった

我ながら簡単な理由

例に違わず自分も乙女だったらしい




けれど




そんな淡い恋心を抱いて三ヶ月もたった頃

何も進展もなく

挨拶して、用があればちょっと話すくらいの関係




けれど




私は彼の口からその言葉を告げられることになる

この後三年になるまでずっと自分を苦しみ続ける言葉を

ほんの些細な言葉だったのだけれど





「ねえってコンタクトにしないの?」

「え?…別にその予定はないけど…面倒だし。」

「ふうん、目おっきのにねー勿体無い。」

「そんなことないよ、普通。」




お昼休み

もうご飯も食べ終わり

友達とおしゃべりをしていた




私は眼鏡をしている

それには理由があって

母親譲りの目は、色素が極端に薄くて茶色にしか見えないのだ

同じように髪も、だから基本的にきつく後ろで縛っていた




小さい頃、それが原因でいじめられていた

だからそれがずっとコンプレックスだった

中学に上がっても、それが怖くて隠すようにしていた




そんな様子が地味を誇張しているのは分かったけれど

やめることは出来なかったし

やめようとも思わなかった




「度入ってるの?」

「え、あ、いや入ってはないんだけど…」

「じゃあ彼と一緒だね♪」

「彼?」

「忍足君もダテなんだって!おそろいー」




友達は無邪気に笑ってそう言った

本当に何気なくいったのだろうけど




私の心はチクリと痛んだ

自分は決して好きこのんでしていた訳ではなかったから

彼が好きでも、決してそれだけは嬉しくなくて





「同じじゃないと思うよ…」




ポツリと、そう呟いた

友達には聞こえてないと思った

けど、その時、その言葉は降ってきた




「せや、全然ちゃうやろ。」




「あ、忍足君だ!」

「ん?何クラスメイトに驚いとるん?」

「えーだってさっきテニス部の子達とどっかいちゃったからー」




友達は

そのまま楽しそうに彼と会話を始めた

私はただ固まっていた

緊張からじゃない




『全然違うやろ』




彼に比べて、地味でなんの取り柄もない自分

彼は人気があって自慢できるものがあって




同じ眼鏡でも、私はただ地味で

彼には似合っていて、おしゃれに見えて




一緒にするなと、言われた気がした

それがただの卑屈だと分かってる

でもその時の自分には、そうとしか取れなくて




私は涙が出そうなほど

傷ついていた

好きな、彼の言葉だったからこそ




自分に自信がなかったのが、何よりの原因

それは分かっていても

どうしようもなかった











あれから

今迄以上に人の目を避け、前以上に地味な存在になっていた

いじめられていた頃に戻った気分だった




当然、彼とも全く話してない

これ以上傷つきたくなくて避けてた

それはまだ彼への思いが消えていない証拠でもあったけど




その気持ちは学年が変わっても薄れることはなかった

気になるけど、近づけない

そして忍足とは同じクラスにはならなった




正直、寂しさも覚えたけれど

それ以上に安堵も感じていた

彼の言葉をどうしても消すことが出来なかった




その代わり、ではないけれど

彼と同じテニス部で

同じクラスになった子がいた




〜、宿題忘れちゃった〜」

「…ジロー君、やる気もなかったでしょ?」




芥川慈郎

ふわふわした髪にふわふわした性格

気付けば寝ている子だった




隣の席で寝ているのを

移動教室の為に起こしてあげたのがキッカケ

それから何かにつけて話すようになった



珍しく、男の子で気楽に話せる存在だった

でも、彼と同じテニス部であることだけは嫌だった

いつまでも色んな意味で纏わりついてくるから




「でねー昨日ねーがっくんと忍足がさー…」

「…へー…」




昼休み、冷たい風が吹く屋上

いつものように彼は部活の話をしていた

いつものように会話の中には忍足の名前もでる




…こうして二人でご飯なんか食べてたら怪しまれそうだが

普段ののほほんとした彼の性格と

ただ大人しくて地味な私




何かあるわけがないと、クラスの人はそう思っているらしい

…別にそう思ってくれてていいのだけれど

実際本当に何もないのだし




「あーそだ、今日ねー皆もここでご飯食べるって。」

「え、皆って?」

「テニス部。跡部とかーがっくんも、忍足も。」

「っ」




嫌な思い出が、よみがえる

ただでさえ避けていて

クラスが変わってもうほぼ会うこともなくなっていた彼




その彼が来る?




「…?」

「あ、わ私、帰る。邪魔しちゃ悪いし。」

「えーなんで〜?そんなん気にしなくていいよ?」

「ううん、帰る。また後で教室でね。」





ジロー君は怪訝そうな顔をしていたけれど

そんな彼の様子より、自分のことで精一杯で

逃げるように立ち上がり、ドアへむかった




彼がここへ来れば

真正面から顔を合わせるのは避けきれない

会いたくない、会えない




がちゃり




錆び付いたドアノブに手をかけようとした瞬間

先にドアが開いた

顔を上げればそこにいたのは



忍足侑士だった




なんて、ベタな展開

目が合う

時間が止まったような気分





「あ、忍足だー」

「おージロー。えらいな、ちゃんと起きてるやん。」




忍足はジロー君の声に反応し

私の目の前にたったまま返事をした

耐えられなくて顔を伏せる




そして会話の切れた時に、視線を感じた

私は逃げた

彼が、口を開く前に




自分に話かけるかどうかなんて分からないのに

背中に彼かジロー君かどちらかの視線を受けながら

私は走ってその場から走り去った




涙が、また出そうだった

今だ彼が忘れられない証拠だった

嫌な思い出も、好きだという事も











「ねぇー…ってさ、忍足と何かあったの?」




あの屋上の出来事から数日後

待ちに待った冬休みを目前としたこの日

HRが終わった後、ジロー君はポツリと呟いたのだ




目を見開いて固まってしまった

見かけによらず鋭いなあなんて

逃避気味に考えながら




「…何も、ないよ。」




今日はテニス部の練習はないらしい

ということで一緒に帰路についた

こんな会話、予想してなかったけど




「何もなくないでしょ。」

「どうして?」

「だって俺がフラれた原因な気がするもん。」

「な、」




そう

私は一度彼に「好き」と言われた

本当に何気なく




本当に驚いた、けど

私はそれを卑屈に断った

なんでこんな私に?なんて冗談交じりに言ったら怒られたっけ




「関係、ないよ。」

「んーん、だって忍足の名前が出ると、反応が違うもん。」




彼が私を「好き」といった理由は

まず一緒にいると居心地がいいことと

可愛いからだと言った




可愛いってイヤミか、と思ったけれど

彼がそんなこと言うはずないか

と、その言葉は飲み込んだ




「違うって…なにが、」

「凄くねー苦しそうな顔する。」

「…」




結局私はその告白を断ったのだけれど

ジロー君のことは確かに好き

だけれど、友達以上となることはなかった




…彼への気持ちが関係しているかどうかは

正直

自分でも分からなかった




と忍足、一年のとき同じクラスだったよね。」

「うん…そうだよ。でも、別に…」




思い出したくない

もういい加減忘れたい

思い出したくない




悔しかった

悲しかった

自分が情けなかった




その感情

いまだ忘れきれない情けない自分

いつまでも臆病な自分




「ね、、そんな顔しないで。」

「…え」

、何がそんなに苦しいの?」

「…」

?」





彼の本当に心配する声が

頭の中で響いた

ぎりと胸が締め付けられた




ずっとこの苦しさを、突き刺さったままだったトゲを

本当は抜いて欲しかったのかもしれない

抜きたかったのかもしれない




だから

私は話した

もういいや、と思ったから










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