蝶32
「…んー…」
「…?」
「…?」
「起きたか?」
聞きなれた声がして
ゆっくりと目を開ける
見慣れない天井
…あの寮の天井でもない
どうしたんだっけと考えるが頭が働かない
とりあえず声のした方に顔を向ける
「あれ…景吾。」
「あれじゃねえよバカ」
「あー…うー」
辺りを見回せばホテルの一室だと分かる
いつの間に運ばれ寝てたのか
重い体を起こす
「…何があったっけ?」
「お前は寝てたから何もしらねぇよ」
「…ふーん、ここまだ大阪?」
「ああ。」
「全部済んだ感じ?」
「一応な」
景吾がいるんだからそうだろう
いい加減おかしいことには気づいてただろうし
予定していた期間もとっくに過ぎてる
「オサムさんが来たとこまでは憶えてるんだけど」
「その後俺と目があって直ぐ寝たろお前」
「あ、そうそう後ろに景吾いたね」
「アホ…」
それで何か体の力が抜けたというか
良くいえば安心したというか
景吾がオサムさん連れてきたのか
静かな空間に訪問を告げる音が響く
誰か来たらしい
景吾が小さくため息をついてドアへ向かった
しばらくして誰かと一緒に戻ってきた
…なんだか久しぶりに見た気がする
整った顔の彼
「白石君」
「…目、覚ましたんやな」
「よく分からないけど、そうみたいだね」
「…謝ってすむ事やないけど」
ベッド横にあった椅子に腰かけながら
悲しそうな笑みを浮かべ
悪かったと彼は言った
「私が好きでやっただけだから」
「そ、か…」
「限度があるだろ、馬鹿が」
「さっきからバカとアホしか言ってないよ景吾君」
「それ以外言うことねえからだよ」
壁にもたれていた景吾が
心底呆れたように言う
その見慣れた様子にまた肩の力が抜けた気がした
「…とりあえず、どうなったか教えてくれる?」
白石君に向き直し、聞く
暫く無言で目が合う
それから小さく息をは吐いて彼が話しだした
**
やっぱり白石君含め他の子達は
無駄だと知りつつもお金を作ろうとしてた
お店を取り戻すために
けれどそれも諦め
私の事も含め
オサムさんに全て話したらしい
話し合って諦める事を決めた
お互いを思いあって遠回りをした
とりあえず、おさまったなら良かった
「これから、どうするの?」
「皆で借金返す。悪いけどアンタんとこにはいかん」
「…」
「あー跡部君は…何でここに来たん?」
壁にもたれたままの景吾に白石君が声を掛ける
面倒くさそうな顔そのままに
景吾が話し出す
「おかしいとは、1週間前から思ってた」
「1週間前から…?」
「こいつから電話がきた時」
「…やったら何で今まで」
「後1週間っつったからな…それまでは待とうと思っただけだ」
「…」
白石君が不思議そうな顔をする
私は景吾らしいその様子が
妙に懐かしく感じて少しおかしかった
「おかしいと思ったんに、1週間も?」
「本当にヤバかったら何かしてる、それこそ暴れるなり」
「あ、私鍛えてるから」
「…でも何でおかしいと思ったん?」
あの時は太郎さんに延期を申し出て
それを幻夢館にも伝える為電話した
彼らの監視の元、余計な事は言わなかった
「…コイツが、」
「…なん?」
「名前で呼ばなかった、それだけだ」
「…?名前?」
ああそういえば
思わず、小さく笑う
昔を思い出していたせいだろうか
――私は、いつも
景吾だけは名前で呼ぶ
景吾、と
でもあの時は跡部と呼んだ
昔を思い出させるあの部屋で
おかしくなっていたのだろうか
「どうして、彼の事だけは名前で呼ぶん?」
きっと幻夢館にも
そのことに気付いている子はいるだろう
でも暗黙の了解みたいになっていて、誰も聞いてこない
だから誰も知らない
その理由
それは
「…家族になろうって、約束したから」
「家族…?」
「私と景吾、同じ学校だったの」
「荒れてたっちゅう時?」
「うん」
「景吾が、私を止めたの」
景吾が私とは立場は違うけど
心情がよく似ていた
お互い、居場所がない
景吾の家はお金持ち
景吾に何もかもを期待していた
そのストレスを彼はずっと溜めていた
そんな時私と会って
話すようになって
暫くして、彼が言った
”一人が寂しいなら俺が家族になってやる”
「…なかなか子供らしない台詞やな」
「今思えばねー」
「てめぇ…」
「バカにしたんじゃないって!」
だって私はその言葉に救われたから
今も
きっとこれからも
「それで、苗字では呼ばなくなったん?」
「家族だからね」
「それから二人とも今の店へ?」
「まぁ今に至るね」
笑いながら景吾を見る
心底嫌そうに景吾が目をそむける
それがやっぱり面白くて
「…お前」
「ん?」
「稼ぎたいなら尚更、うちで働くんだな」
「…」
「自信がねえのか?」
ふんと景吾が笑う
いつもの自信に満ちた笑み
跡部が勧誘に関わるのは珍しい
「…許せないんやないん?」
「こんなことして、か?」
「ああ…」
「…どのみちこうなってただろ」
こいつが気になった時点で
ぽつと呟き
景吾は持たれていた壁から離れた
「気失ったのは寝れてなかっただけ」
「あーうん、そうだねー」
「後は場所が悪かった」
「否定できない」
「昔…思い出すっちゅうやつか」
昔住んでいたあの場所
閉鎖的な
侘しい思い出しかない場所
「とりあえずあと一晩休め、明日帰る」
「あ、そういう予定で」
「お前らはそれまでに決めろ」
自分の部屋のだろう鍵を持って
跡部はドアへ足を向けた
白石君は何も答えることはなかった
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