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それは数ヶ月前の話








。出かけんのか?」
「景吾。うん、ちょっと拾いに。」





ただっぴろい玄関先で
黒帯をしっかりとしめ、美麗な着物を完璧に着こなす彼に声をかけられた
私は“外”へ出る用の、草履ではなくヒールの靴を履いていた





「おぉ綺麗な夕日だねぇ。景吾は今日お客さん早いんだっけ。」
「あぁそうだな。」
「同伴制度って、ウチにないけど、これじゃあんま変わらないよねぇ。」
「そう思うなら営業時間遅くしろ。」
「あはは、私にそこまで決定権御座いませーん。じゃあまた後で。」
「あぁ…。」






重めの戸をガラガラと引いて閉めた
門までの長い道のりを、ポツポツと灯り始めた提灯を眺めながら歩く
客のまだ入りはじめないこの時間は、門に人は配備されていない
横にある小さな戸をあけ、私は“外”に出た







* *








私の仕事の一つ
新しい蝶のスカウト
それは本当に気まぐれに行われる仕事だった





誰に声をかけるかは直感
既にその手の仕事をしている人に声をかける時もあれば、全く無関係の人も
あとは声をかけられた本人次第で、幻霧館へ行くかどうかは決まる






「夕日…今日本当綺麗だなぁ…。」






空を仰ぐ
目に入るのは、夕日と
薄汚れた高いビル群




私は何気なく
目に入ったある一つのビルに入った
屋上に上りたかった






「上から探せたりしないかな。」







無理か、と自分にツッコミながら
さっき自販機で買ったジュースを飲みながら屋上に上がった
ドアはあっさり開き、夕日が目にキた






「わぉ。…んー?」






ふわふわした、金髪が見えた







「…君、夕日鑑賞?」
「……うん。」
「あー…でも、もうすぐ沈んじゃうね。」
「…沈んだら、こっから落ちるから…。」
「何が?」
「―――――……俺。」






ふわふわした髪の少年は
フェンスを越えた向こうで、そこに腰をかけながら
薄く微笑みながら言った






「まーんなとこにいるから、驚かないけど。一応、なんで?」
「…飛べそうだから。」
「飛びたいの?落ちたいんじゃなくて?」
「んー…わかんないや…。」
「君、学生?」
「うん。」
「学校楽しい?」
「すっごくつまんない…。でももう卒業だし、もういいかなって。」
「あぁー暗いねぇ。親は?」
「毎晩怒鳴り合って、やっと離婚した、昨日。」
「…そう。じゃあ働いて独立したら?」
「…そのつもりで、ここら辺に来たけど…ダメみたい。」
「いくつ?」
「16。」






淡々と少年は応える
それは暗い雰囲気でも声色でもなく
澄んだ声で、雰囲気はあくまで夕日にあって落ち着いていた





まるでお眠むのチビッ子が話すような
柔らかい雰囲気で
話し易かった






「おねえさん。ここら辺で働いている人だよね。」
「え。そう見える?」
「だって、そうじゃなきゃ、こんなに話せないもん…。格好は普通だけど。」






そうか、と私は自分の格好を見る
スキニーデニムに薄手のシャツを着ただけという
適当ないで立ち…あそこではしない格好だが






「おねえさん。誰?」
「白蝶。」
「…しろ、ちょう?」
「うん。」






よいしょ、と私はフェンスを越えた
そして彼の隣に座る
彼の目線だけ、私に向けた






「で、親離婚して、学校卒業して、何で落ちように至ったの?」
「…だって、夕日が綺麗だったから。」
「そうだね。」
「近くでみたいなぁって、開いてたここに上って…」
「あ、私と一緒。」
「…もっと綺麗だと思ったから…もういいかなぁって。」
「ふうん。私とは違うね。」
「…何で?」
「私にとっては、君と私の運命の場所にここはなりそうだ。」






なんちゃってーと私は笑った
彼もちょっと間を置いてから笑うのが分かった
ずるりと彼の体重が肩にかかるのを感じる






「あれ?何で泣くの?」
「おねえさん、面白い。」
「そう、じゃ記念に名前教えて。」
「……ジロー。」
「ジロー。死ぬ?」
「…ヤダ。…イヤだよ。怖いもん。」
「そうだね。ここは高いよ。それに薄汚い。」






夕日は、もう沈んでいた
夜の世界の時間になる
美しく、怖い時間







「夜になるねー…ネオンがすごいねぇ。」
「…あの光、嫌い。」
「そうかぁ。じゃあ向いてるかもね。」
「…え?」
「取る?」





手を差し出した
それ以上は何も言わず
ただ差し出した








* *








「言っておくことがある。二度言わないからちゃんと聞くこと。」
「…おねえさん、さっきと雰囲気違うね。…この門、何?」
「大事なことだからね。今から説明する。」





そう言ってにこりと私は微笑んだ
目の前に高く聳え立つのは
“幻霧館”の門





既に営業時間となるそれは
ぼんやりと明かりに照らされ
異様な雰囲気を放っている






「ここの名は“幻霧館”。分かり易く言えばホストクラブ。」
「…ホスト、クラブ?」
「それぐらい分かるよね?」
「……。」
「ここは他とは、君の一般常識とは少し違う場所。」
「違う…。」
「一言いうね。」
「…うん。」
「一度入ったら、出るのは容易じゃない。」






普通ホストクラブとはいえ、辞めるのは自由だが
それ以上にここは辞める場合の規則が若干厳しい
その代わり、入れば最低限以上の生活は保障される






「理由聞く?」
「…聞かない。」
「…引き戻す?」
「入る。」
「いいの?」
「おねんさんの名前。入ったら教えてくれるんでしょ?」
「…ここはレジャーパークとかじゃないよ?」
「そんなの、分かってる。でもそれは、“外”にいても同じ。」
「…いいよ、教えてあげる。」







彼は微笑んだ
その瞳は、ぼんやりとしていたけど
じっと真っ直ぐこちらを見ていた…ここへ入る人の共通するトコロ






携帯を取り出し、中へ連絡を入れる
暫くして、ギィと重く鈍い音を立てて門が開いた
静かな笛の音が、耳に届いてきた






「幻霧館へようこそ。」










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