蝶18
「げほっ……はぁ…っ…」
「…大丈夫?」
「――――平気です。貴女は、何してるんですか。」
「観月ちゃんの心配。」
「男性用ですよ、ここ。」
男性用の化粧室で
私は観月の背中をさすっていた
普段から青白い肌が、より青白くなっていた
「無理して、勧められたお酒飲まなくていいのに。」
「仕事です。」
「お客様は許してくれるよ。」
「自分が許せないんです。」
「…分かったから、でもあんまり、心配させないで。」
「…」
観月はお酒が苦手
多分、人並み以上に
でも、仕事だから
観月は初期の方のメンバー
だからもうここも長い方のだけれど
お酒だけはどうしても慣れないみたいで
だから今日みたいに
すごく強いものを飲んでしまうと
こうして、我慢して、後で吐く
コンコン
「、」
「不二。」
「薬。」
「ありがと。」
「宜しくね。」
「うん。」
それだけ言って
不二は観月に声をかけることなく
すぐに戻った
この二人は仲が良いけど(観月は否定するけど)
いつもこんな感じ、あんま言葉はない
お互いよく理解してるんだろうね、高校からの付き合いらしいし
「観月。二階戻って横になろう。」
「結構です。」
「でも薬、」
「薬は飲みます。でもまだお客―――」
「不二が相手してるから平気。第一そんな顔ででる気?」
「…」
「あのお酒、外国のでしょ。独特だったから、あれはキツイと思う。」
「情けはかけなくて結構です。貴女も責任者でしたらもっと厳しく在りなさい。」
「はいはい。」
ぐ、と観月の体を起こして
人気のない廊下を選んで、二階へ促した
有無は言わさず
* *
部屋に置かれた行灯に火を灯し
他の白蝶に用意してもらっていた布団に
観月を座らせる
「はい、水。」
「…すみません。」
「ううん。」
観月は、厳しい
幻霧館イチ、厳しい、自分に
そして私にも
跡部とかとはまた違った意味では厳しいのだ
だから、ある意味いつも勉強になる
気も引き締まる、助かっているけれど
「観月。」
「…なんですか。」
「私は、ある意味、観月が一番心配。」
「…あのお子ちゃま達よりですか。」
「うん。だって観月刺されても仕事しそうなんだもん。」
「しませんよ。」
「どうかなぁ…。」
眉間に皺をよせ
嫌なことを思いだした、と言わんばかりの表情で
観月は自分の手元を睨んだ
「観月は厳しすぎる。」
「…」
「私はね、お客さんより、皆の方が大事だから。」
「…そんなこと言っていいんですか。」
「いいんです。」
「…そうですか。」
「無理、しないでね。」
「…すみません。」
苦笑し、
ぼんやりと、思い出した
観月と初めて会った時の事を
――数年前
私はその時も、例によって科白町をぶらぶらしていた
そんな喧噪の中、ふと聞こえてきた怒鳴り声
なんとなく気になって視線を送った先
――――――「二度と来んじゃねぇぞ、クソが!!」
罵声とともに、背広を着た男が
裏路地から大通りに投げ出された
小さな悲鳴をあげ、転がされた男は逃げていった
残された男達を見る、真黒のスーツにその顔つき
『…どっかの店のボディーガードか、じゃあさっきのは何かやらかした客か…』
けれど、そんな男達の後ろ、彼は居た
艶やかな黒髪に、服の上からでも分かる細い身体
客やボディーガードではないだろう
死人のような白い肌に、生気のない、瞳
「…生きてんのかな、アレ。」
それが、彼への、一番最初の感想
多分、さっきの客に何か“やらかされた”のは彼だろう
けれど彼は興味なさそうに、ぼうっと男たちの後ろに立っていた
「ち、金もねぇクセに…ミヅキ、戻るぞ。」
「…」
「ボケっとしてんな、仕事は終わりじゃねぇんだ。」
「…はい。」
何を考えてるのか読めないく表情で
「ミヅキ」と呼ばれた彼は
促されるままに、薄暗い路地の奥へ戻っていった
「…ここの路地の奥…店…あぁ…アレか。」
頭の中に叩き込まれた、科白町の地図を思い出す
この裏路地にあったのは
表向きはバーだが、裏で何やらやっていると噂の店がある
「…うーん…さすがに、突然行くのはマズイかなぁ…」
確か、入るのも紹介が必要とかだった気がする
私のような女一人行くには不釣り合いな店
彼は、気になるけれど
「…帰ろ。」
後味の悪さを感じながら
私はその場を去った
一度だけ、彼の消えた路地を振り返ってから
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