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幻霧館の三階には、広めの欄干が窓際に付いている
仁王はそこに腰掛けながら
数分前からずっと庭を見つめていた






目で追い続けているソレは
庭をフラフラしながら、そこかしこにある池の鯉に餌をやっている
庭の全体はそこから見えないから、時々視界からソレは消えるのだけれど








「…何考えとるんじゃろ、」








何度目かの、同じ台詞を吐いた
ソレは今一つの池に立ち止まり、しゃがみ
顔は池に向け、視線はどこかに向けている






数ヶ月前カシオペア…以前働いてた店で出会い
ここに連れてこられた…否、連れてきてもらった
そしてここも慣れてきた…というか居心地が良くて、すぐ慣れた






理由は、何よりソレ、がいるからだと思う
見ていて飽きない
だから、ずっと見ていたくなる…こうして見ている







そのうち、ぱっとソレは顔をあげ
気付かれ、目が合った
だから何でもないように笑った








「そんなとこで何してんのー、仁王。」
「昼寝。」
「落ちないでね?」
「落ちんよ。…なぁ暇ならちょいここ来てくれんか?」
「んー?別にいいよ、どうせ部屋戻るし。」








仁王がいた部屋の真下まで来ていたソレ…
上にいる仁王に声が届くよう少し声を張りながら、そう応えた
仁王はとくに表情も変えず、去っていくその姿を見ていた









* *











時刻はやっぱり昼間で
幻霧館は至って静かだった
寮にいる人もいれば、屋敷にいる人もいる時間帯








「仁王、寮にいなかったんだね。」
「静かなトコにいたい気分やったけ。」
「この時間静かだからねこっちのが。だから仕事もはかどるんだけど。」
「じゃろ。」







は部屋に入り、近くまで歩いてきて
同じように欄干に腰掛けた
落ちたら怪我どころじゃないかな、なんてつぶやきながら下を見ていた









。」
「ん?何?」
は、ずっとここに居るつもりか?」
「うん。」
「即答じゃの。」
「ふふ。」







その答えは迷いがない
予想通りだった
はここに、居る、幻霧館に、だから








「なぁ、は、恋せんのか?」








それは幻霧館の多々あるルールの中で
蝶達の中だけにあるルール
白蝶と蝶達は恋愛禁止







は、ここと蝶を愛している
そして、蝶も皆、例外なく、彼女を大事に思っている
でも、決して一歩踏み込んではならない







幻霧館で恋愛は厳禁
客相手でも、白蝶相手も当然
恋をすれば、ここから消えるしか選択肢はない








を、ここから、幻霧館から消すわけにはいかない
そう思っている蝶も少なくない筈
だからルールは守る、ずっと、永遠に







「……。」
「――みんなが好きで仕方ないんじゃろな。」
「……。」
「じゃから、ここに、きちんとルールに従って、居るんじゃろ。」
「…ルールに?」
「こうゆう、ルールじゃ。」







仁王はの手を強く引いた
自分より小さいそれを、やや乱暴に腕の中に押し込める
二人分には狭いそこの上で







「仁王。」
「ん?」
「実は私、高い所結構苦手、不安定すぎてこれは怖い。」
「大丈夫。死んでも落とさん。」
「分かった。」







ふ、と仁王の腕の力が緩んだ
こんなことしちゃダメだ、とかそういう思いは全部無視してした行動
覚悟済みのその行動だったけれど、予想以上に抵抗しない彼女に逆に戸惑う







「…こうされたこと、何度もあるんか。」
「そうだね。甘えられる。」
「違う。俺と同じような考えを持ってじゃ。」
「仁王の考え?」
「ココを覗きたい。」







とん、と心臓に指を指した
は、笑った
そんなの分からないよと答えた








「嘘じゃ。」
「どうして?」
は好きな奴がおる。おるけどココに居るから嘘をついちょる。」
「それは正しいことだと思う。」
「好きな人がおるっちゅうことは認めるんか。」
「仁王。」
「好き。――――アンタが好き。多分初めて会った時から好きなんじゃ。」







肩に顔を埋めた
図太い筈の自分の心臓が、ぐるぐるしだして
の顔が見れなかった







暗黙のルールが出来た理由が分かる
好き、伝えたい、伝える、伝えない、そばにいたい、ずっといたい、居るためには
黙る








「…青蝶から上がるにはどうしたらいいんじゃろか。」
「沢山のお客様に愛されることです。」
「黒蝶になるにはどうしたらいいんじゃろか。」
「自分が最高だと思うことです。」
「はは」
「笑ったね…」
「すまんの。」








腕を解いた
今のが、全てに対しての謝罪だと受け取ってもらえただろうか
は直ぐに腕の中から離れていった







そして微笑んでいた、嘘笑いではなく、いつものように心から笑っていた
優しくて、優しくて、悲しそうでもあった
やっぱり、そばにいたいと思った







、最後に一つ聞きたいんじゃけど。」
「なに?」
「何ですぐ、抵抗せんかった?」
「――――――――…      。」










はそのまま部屋を出て行った
仁王はまだ欄干に腰掛けたまま、庭を見ていた
最後のの言葉が、死ぬほど痛かった










「ここは天国か、地獄か。どっちじゃろ。」





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