ソレは、落ちていた
家への帰り道
雨の中
跡部はパンと、傘から肩にとんだ滴を払った
徒歩で帰る日に限ってこれだ
鬱陶しそうに雨空を見上げる
なんて
現実逃避気味に考えながら
ふと私は目をあけた
ふかふかの大きなベッドの上だった
…でも、どこにいるかは直ぐ分かった
「―――何で濡れてねぇんだ、お前。」
『…だって、死んでるから。』
「…死んでんのか。」
『…そう見えない、かな?』
私は声のした方を向いて
体を起こし、座りなおす
そして、背中に生えた、羽に触れた
彼の髪は少し濡れていた
さっきの雨で濡れたんだろう
それか私のせいだろうか
『ごめんなさい。疲れて、眠っちゃって…』
「非常識なことすんじゃねぇ。そのせいで濡れたじゃねぇか。」
『もしかして、やっぱり、運んでくれた?』
「放っといてよかったか。」
『あー…えっと、やっぱりごめんなさい。』
ふうと彼はため息を吐いた
呆れたというよりも
自分を落ち着かせるために
の、ような気がした
『びっくり、してる?』
「俺がおかしいのか、お前がおかしいのか、考え中だ。」
『あぁ…』
「―――お前、俺のこと知ってるのか?」
『はい。』
「お前、誰だ?」
先にその質問じゃないか?
とか、自分のことなのに思ってしまった
背中にこんなものをはやした私に
何物だ、と問い詰めないだけ、さすがというべきだろうか
『んー…死人?…羽あるし、天使とか…』
「……。俺に、何か用か?」
『…会いたかっただけです。』
「…以前、会ったことでもあるか?」
『はい。数年前、私が死ぬ直前に。』
「…死ぬ、前?」
『右足首に怪我をして、ここの近くの総合病院に来てたよね?』
「ああ…そんなこともあったな。」
今でも鮮明に思いだせる、その光景
まだ幼い筈なのに、既に大人びた雰囲気を持った彼は
腫れ上がった痛いはずの足を
何でもないといった顔で見つめていた
『それが、私が死ぬ前に見た貴方の姿。』
死んだ後も、何故か、ずっと気になってしまった
だからこうしてその後成長した、彼の元にきてしまった
私の時はあの時のまま、止まっているけれど
「…死んだのか、お前。」
『うん。やっと会えた。』
「…じゃあ、今、ここにいるお前は誰だ?」
『あの時私ですよ。…本当は来ちゃいけないんけど。』
「…いけない?」
『好だから、来てしまったんです。…これ、一番いけないことなんです。』
「…誰が、そんなこと決めた?」
私は笑いながら、上を指した
彼は私の指に視線を送ってから、直ぐに戻した
そして、ゆっくり近づいてきた
「…触れるんだな。」
『肉体も持ってきてしまったから。』
「…それもいけないことか。」
『うん。貴方に触れたいって理由だけで、だから。』
「いけねぇのか。」
『すごく、ダメかな。』
近づき、頬に触れた
彼の手にが
物凄く暖かかった
ああ嬉しい
好きだからこの世に戻ってしまうこと
触れたいから死んだ肉体を持ってきてしまうこと
どちらもやってはいけないこと
私は“上”の決まりごとを無視してしまった
死ぬ直前に、一瞬で芽生えた恋心のために
「…いけなくねぇだろ。」
『え…?』
「俺も、お前のこと覚えてる。」
『…嘘。』
「あの時お前は…青っ白い顔して、それでも目があったら、微笑えんだ。」
『…うん。』
「一瞬、痛みが飛んだ。」
ふ、と彼は笑った
本当か、死人である私への慰めの言葉だろうか
…どちらにしろ、嬉しかった
その時、ぼろりと、背中に違和感
羽が、崩れている
この世から去ったにも関わらず
身勝手な思いで、この世に再びきてしまった罰か
「…お前…」
『“上”の約束を破った罰かな。』
「…くだらねぇ規則だな。」
『それでも、絶対だから。ごめんなさい。もう一度会えて良かった。』
「――――――名前。」
『え?』
「お前の、名前。」
『――…本当は、それも言っちゃいけないんだけど。』
「言え。」
『…。』
ぼろぼろと羽がくずれていく
体も、崩れていく
それでもまだ、彼の触れる部分は暖かかった
「」
『…なに。』
「必ず会いに行く。」
『――――』
吃驚して、目を見開いた
けれど、彼の笑顔は、そのままで
だから、あの時のように、私は微笑み返した
跡部は目を覚ました
夢か、そう思った
―――――――ベッドの上から、一枚の羽が散って消えた
ルシファーの翼