「こんにちは光君。」
「…っス。」
彼の家庭教師をはじめて数ヶ月
知り合いの知り合いに頼まれてはじめたバイト
意外にうまくいってると、思う
「課題、やった?」
「んー一応、やけど。」
「見せて。あ、その間宿題あったらやっててね。」
「ん。」
教えるのは彼の苦手科目だけだけど
成績もよくなってきてるみたいだし
安心した
家庭教師なんてしたことなかった
でもちょっとしたお金稼ぎ的な気持ちで
意外にうまくやれてると思う
「先生。」
「ん?」
「あーテスト日程変わった。」
「え、本当?どうなった?」
「んー…」
がさがさと彼は鞄を探る
テスト、そう今月末テストがある
そのテストを最後に私は家庭教師をやめるつもり
悪かったらクビとかでなく
良ければ私はもう見る必要なしってことで
別のバイトを始めるつもりだ
「あ、古典後になったんだ。」
「嫌や…嫌なモン先終わらしたかった。」
「まぁその分勉強できるってことでね。」
なだめるように笑って
宿題を続けるよう促す
その間に出していた課題をチェックした
「せんせ、」
「ん?何かわからない?」
「ちゃう。」
「?」
「好き。」
「…」
はじまった…
いつからだったか
彼が突然こういう事を言い出したのは
マズイからね
ウチの息子に手をだすなんて!的な奴になる
や、私は出してないですからね
「…ありがとう。」
「…いつまでお礼だけ言うてるつもりなん?」
「年上をからかうな。」
「本気やって言うてる。」
「…しゅ く だ い。」
「ち…」
舌打ちしたね
何度このやり取りを繰り返したか
何度流したか
別に彼が嫌いなわけじゃない
ただ一応立場といい
年齢といい
「なぁ」
「…今度は何?」
「今度のテストでやめるんやろ?」
「…そのつもりだよ。」
「それは、俺のため?それとも俺から逃げるため?」
…その質問は新しい
彼は完全に手をとめて
顎に手をあて、こちらをじっと見てくる
「…どっちでもないよ。」
「…最悪。」
「最悪って…」
「じゃあどうしたら俺の事見てくれるん?」
「…」
「高校生になったら?大学行ったら?社会人になったら?」
いつもと違う
いつもは流したら諦めるのに
いつの間にか掴まれた手首が熱い
「…光はいい子だけど、」
「…」
「そういう風には見れない。」
「…そ、」
する、と手を放して
ペンを持ち直し宿題を再開した
明らかに傷ついた顔に、何も言えなかった
**
「終わった。」
「あ、うん。課題間違ってるとこチェックしたから。」
「ん。」
「それやったら終わりね。」
「…」
あと何回くらいかな
ここに来るの
彼と会うの
やめたらきっともう会わないだろうな
お互い直ぐ忘れてしまうだろうか
それとも
思った以上に考え込んでいたらしく
彼の呼びかけに慌てて思考を戻す
何してんだか
「…何考えてたん。」
「え?いや、えーと…色々。」
「…かてきょ辞めたら何するん?」
「あーまだ詳しくは決めてないよ。」
「家庭教師はやめてや。」
「え?どうして?」
「教え子は俺が最初で最後でええやろ。」
それくらい許して、と
視線をプリントに視線を落としながら
彼が言った
その言葉がどうしようもなく
どうしようもなく
切なく感じて
拒絶したのは自分なのにね
馬鹿だなぁ私も
こんな年下に
「…関係ないか。」
「…ん?」
「ううん。何でもない。」
怪訝そうに
でもそれ以上何も言ってこなかった
あっという間に時間は過ぎる
**
「これ、今度までの課題ね。」
「ん。」
「テスト前にあと1回は来るから。」
「…分かった。」
いつもは玄関まで見送りに来る
時には玄関を出て途中まで
でも今日は椅子から動く気はないようだった
ドアに手をかけ、振り向く
見えるのは後姿だけ
ヘッドフォンをとる彼
「態度悪いんは許して…」
「…」
「次来た時は普通にする。」
「…」
ズキズキと痛む
同時にドキドキもした
なんだろうな、これ
ああダメなんだけどなぁと思いつつ
私は彼の傍まで歩いた
後ろから、静かに
それから
彼の右肩に頭を乗せる
びくと震えるのが分かる
「最後まで、先生でいさせてね。」
「…知らん、アホ。」
残酷な言葉だろうか
でも同時に伝わっただろうか
ほんの数分、私はそのままでいた
彼はそれ以上動かなかったし
私もそれ以上何も言わなかった
明日どうなってるかなんて、誰にも分からない
否定するだけ無駄な事実を私にください