ばさばさと顔にあたる長い黒髪を
私は邪魔っ気に払った
しゃがんだ体勢のままというのは、結構きついものだ
薄手のコートが翻って、中の制服が覗かないように気を使いながら
遠くから、黙って、静かに眺めていた
恋人である、彼を
「海堂?どうした?」
「大石先輩。ガットの調子悪いんで、ラケット変えに行って来ていいッスか?」
「あぁかまわないよ。」
「っス。」
ぺこりと軽く頭を下げ
足早にコートを抜け
海堂は部室へとラケットを取りに向かった
今日もテニス部はいつも通りハードな練習
休む人もいず、竜崎先生も加わって活気に溢れている
天気だけが悪く、薄寒さに拍車をかけているが
部員達には関係ないようで
「あれ?そういや大石、おチビと桃はー??」
「二人とも委員会で遅れるそうだ。」
「にゃるほど。」
「越前はもうすぐ来る筈だけどな。よし、じゃダブルスの練習はいるぞー」
「ほーい!」
みんな元気だなぁ
年寄りくさく
私は心の中で小さくつぶやいた
ちらりと時計を見る
練習を見始めてから一時間はたっただろうか
そろそろ消えた方がいいかなぁと立ち上がる
こん
足元に小さな衝撃
なんだ?と思って若干痺れた足に目線を落とす
あったのは黄色のボール
と、視線の先にはジャージをきた男の子
「あ…(げ、テニス部のジャージ)…君の?」
「…ッス。」
「どうぞ。」
「ども。」
目線が合わないように
さっさと渡して、そこから逃げた
慌てたせいで校門とは逆方向に来てしまったけれど
「……美人。」
残されたリョーマは一人
ぽつりと一言だけ呟いて
さっさとコートに向かっていった
で逆方向に逃げていった私はというと
―捕まっていた
謎の少女に
「あなたっ偵察でしょう!?」
「…ええ?」
「他校の制服でテニス部見てたんだもん、間違いないわ!!」
「え、えぇ?」
「この小坂田朋香様の断りなしに、リョーマ様のデータを取ろうなんて百年早いんだから!」
「…いや、ちょ、りょーまさま?」
がっしと腕を捕まれる
なんだこのハイテンションな子は
しかも制服見られてるし、あーヤな予感
「手塚部長に突き出してやる!」
「え゛。ちょ、ちょっと待って!私は偵察じゃない!」
「信じません!」
「部員に近づくのはヤバイんだってば!」
「絶っ対逃がさないんだから!」
…最悪だ
「あ、リョーマ様!図書委員の仕事終わったんですね!お疲れ様です♪」
「……―あれ…その人。」
「あ、そーなんです!この人偵察です!ひっとらえてきました!!」
「偵察?」
「…だから、違うって…」
コート際で、その大きな声に、皆の注意が集まる
偵察だといわれれば尚更
ラッキーなのは、彼、が不在なことか
「(しかたない)あの、勘違いされてるみたいですけど、私偵察じゃありません。」
「偵察じゃなかったら…誰かな?見ない顔だね。」
「え?あ、えーっと・…なんといいますか…」
ふいに出てきた端正な顔のお方
そんなにこやかに微笑まれても…
(なんだか怖いのは気のせいですか)
そして誰と言われましても、素直に答えられるわけもなく
「この学校の者じゃないのか。」
「(…手塚部長?)…そうです。だから出てきます。」
「えーっ偵察じゃないなら、なんでテニス部見てーー」
納得していない彼女の声が上がる
そして
一番聞きたくない声が耳に届いてきた、衝撃と共に
ばしッ
「痛ッた…何す ―――――――――――――ご、ごめんなさい。」
「…。」
あぁそうよね、いつまでも居ないはずないよね
そんな怖い顔で睨まないで
私は精一杯何事もなく帰るよう努力してたんだよ
「…何してんだお前…」
「ごめんなさい。本当すみません。」
「か、海堂先輩、この偵察と知り合いなんですか!?」
「偵察…?」
違う違うと私は彼に、恋人である彼に
目で訴えた
彼は察したのか、呆れ顔でため息をついた
「…すンません部長。…知り合いです。偵察じゃありません。」
「海堂の知り合い…?そうか。」
「ッス。…練習続けてください。」
「――分かった。皆戻れ!」
部長の一言でざっと部員達が引いていく
彼女だけが不服そうに頬を膨らませて
私は冷や汗だらだらで
「ねぇ海堂。彼女、友達?」
「「え?」」
さっきの、にこやかな笑みを湛えた先輩の再びの質問に
私と彼の声がハモる
私は彼に視線を送る
これ以上勝手に余計なことを言うつもりはない
「俺も気になるにゃ。そんな可愛い子。」
「こら、エージも不二もやめないか。練習戻るぞ。」
「…。」
…関係=恋人ですが
彼は絶対言わないだろうな
…寂しいけど…まぁしょうがない
言ったらからかわれるだけなんだろうし
余計なことは言わないのが彼の性格だろうし
ここは、今止めてくれた先輩に甘えて黙っていた方がいい
…けれど最悪なモンはとことん最悪だったらしい
「あっれー?じゃん!」
「―もっ桃…!?(さっきまでいなかったのに!)」
「お前こんなトコで何してんだよ?」
「いや、桃、ちょっと、今は、」
「…桃、彼女と知り合い?彼女って海堂の友達?」
「不二先輩!」
海堂の止めもむなしく
不二先輩と呼ばれた彼の台詞に
唯一私を知っていた桃は、はっきり言って下さった
「友達っつーか、海堂の彼女ッスよ?」
あぁもう本当練習なんて見にくるんじゃなかった
「…なんで、来た。」
「…ちょっとでいいから、練習見たくて。だって、ほら、普段全然会えないし。」
「来るなつったろーが…。会えねぇのは悪ぃと思ってるけど…」
「うん…ごめん。」
「…」
結局あれから先輩達に…略
桃とは妹と知り合なので、付き合ってることがバレていた
まぁなんとかこうして
練習の終わったコートで話ているのだけれど
「もう、いい。」
「…ごめん。」
「いーつってんだろ。…別に隠すことでもねぇし。」
「でも…」
「…隠したかったのか?」
「ん、いや、薫がいいなら。」
「俺はいい。つか、もーいい。」
「…っふ。あ、ごめん。はい反省します。」
思わず笑った私を睨みつつも、彼はふーっと息を吐き
ラケットをくるると回して肩においた
私は黙って言葉を待つ
「先輩達帰ったら帰るから…俺はそれまで練習してる。」
「見てていいの?」
「…一人で帰んのか?」
「ううん。」
うん優しい
こんなに優しいのに
なんで先輩達はあんな驚いてたのだろうか?
私と、彼が出会ったのは
それはもう、ありがちな、簡単に想像できるだろう
彼の日課のランニング中である
私が半分眠りながら愛犬の散歩をしてたら
彼と正面衝突して、犬が逃げて、探して
彼が動物好きだとしって…それからだ
出会いが出会いなだけに
私は彼が怖いとは思わなかった、逆だった
ぶつかった上探すのを手伝ってくれるなんて、と
「薫。」
「あ?」
「やさしいよねぇ。」
「は?」
「一人のろけ。」
「…。」
意味わかんねぇと言った顔で、彼はコートに入っていった
騒ぎを起こしたのは申し訳ないけれど、来て良かった
調子乗ると怒られるから、黙っておくけど
「…薫―。」
「…まだなんかあんのか?」
「なんかヘン先輩達だねー。」
「…。」
彼は、少し青い顔をして
何かを払拭するように、練習をまた始めた
私は黙ってそれを眺めていた
いつの間にか
会えなくて感じていた寂しさはなくなっていた
誰がなんと言おうとも